衣替え

 四季がはっきりしている日本には歳時記なるものがある。9月は23日の秋分の日を彼岸の中日にして、26日が彼岸明け。「暑さ寒さも彼岸まで」と言うようにちょうど季節の変わり目がここにある。そして、10月1日が「衣替え」。この日に向けて母は、9月中に押入れの行李から冬物の衣類を出して、箪笥の引き出しの夏物と入れ替える。「行李」と言っても最近は見かけなくなったので、若い人は知らないだろうけど。竹で編んであって大きさはミカン箱より少し大き目で、ふたは箱をひっくり返してかぶせるような作りになっている。だから、少々多く入れてもその分上に伸びてくれるので、便利だ。日本では行李という物が無くなっているので誰も使わない言葉になりつつあるが、行李箱は中国語でスーツケースやトランクという意味だそうだ。この行李を開けると樟脳の匂いがする。衣類にも樟脳の匂いが付いているので、つい先日まで行李に入っていたものとすぐにわかった。私は樟脳の匂いが嫌いではなかった。何か新たな季節が新たな生活を予感させてくれる。その作業たるや、母にとってはどうだったのだろう。もう聞く術はないが、春に仕舞込んだタイムカプセルを開けてみると、虫に食われていたり、成長の早い子供にはもう小さくなっていたり、今年はもう少し暖かいものをと思ったり、また、代わりに仕舞う夏物には、もう着古してよれよれになったので仕舞って置かないで、来年は新調しようか?など面倒と思える半面、巡る季節を実感させるというのは生きている実感でもあったのではないか。
 松尾芭蕉の句に「ひとつぬきて/うしろにおひぬ/ころもがえ」(一つ脱ぎて後ろに負いぬ衣更)がある。町中の人々は衣替えと言えば、季節を分ける相応の作業であるのだけど、旅人にしてみれば、一つ脱いだり着たりすることだけで簡素なもの。それは簡単でいい、ではなく、何とも味気なく悲哀に満ちた感慨がある。
 そして、季節の移ろいに生を実感すると「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉が別の意味を持つ。仏教用語でいうところの此岸(しがん)と彼岸(ひがん)というのは、此岸はこの世界、即ち煩悩の世界、彼岸は悟りの世界。だからその意味は、暑い暑いと言ったり、寒い寒いと言ったりしながら暮らすのは此岸の世界にいるから、彼岸に行けば、心頭を滅却すれば火もまた涼し(心の持ちようで苦痛も感じなくなる)である。もちろんこれは曲解すぎる解釈ではあるのだけど、そう思うとこれから来るであろう厳しい寒さも気概で乗り切れそうである。

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