テーマ:思い出

アルバム

 一家に一冊のアルバムが当たり前なのか、個人ごとに持っているものが当たり前なのか。我が家の場合は、私と妻は結婚するまでのアルバムをそれぞれ持っていて、結婚してからは一つにしている。娘は結婚する時のことを考えて、生まれた時から別のアルバムにして、私達家族のものと同じ写真をそのアルバムに娘用とした貼った。そんなアルバムについて、つい先日の母…
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旅立ち

 卒業、入学、就職、別れと出会い、旅立ちのある時は正に今日この頃の季節にある。振り返って思い出してみると卒業のことはほとんど覚えがない。その後に続く入学や就職への期待や不安が大きく、そちらの記憶の方は鮮明だ。 だから高校の卒業式や友達との別れは全く覚えていない。  就職先の面接を一緒に受けた中の二人と、合格の通知が来たらお互いに連絡…
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スーパーマン

 スーパーマンと言えば、アメリカのテレビドラマ、主演はクラークケント役のジョージ・リーブス(George Reeves)。1951年からアメリカで放送されていたので、私が生まれる前から放送されている。とは言っても、アメリカでの放送と同時に日本でも放映ということではなかった。日本では1956年から放映が開始されていて、最高視聴率は74.2…
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散髪

 幼稚園の時ぐらいは、散髪は床屋に行かなくて父や母が適当に刈ってくれた。家の外のちょっとした空き地に丸椅子を一つ置いて、道具はバリカンとハサミそれに風呂敷、それなりの道具があった。なぜバリカンのようなものが我が家にあったのか、今思えば不思議だが、その時はたこ焼き機と同じように各家庭に1台は必ずあるものと思っていた。さて、そのにわか仕立て…
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父のコート

 中学時代も高校時代も詰襟の学生服で過ごした。冬の寒い日は下着の厚手ものやズボン下、すなわちパッチを履いたりして寒さを凌いだ。学生であるので、日の出前の早朝に出かけたり、深夜に出かけることもないので、凍りつくような外気に晒されることなどほとんどなく、学生服姿で十分過ごせた。  ところが、高校2年生の時、暮れの押し迫ったある晩だった、何…
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初詣

 お正月には子供なりに新たな気持ちになった。元旦に目が覚めると枕元に新調した下着と洋服が置いてあって、それに着替えると否応なしに正月気分になる。父が神棚に鏡餅などのいろいろなお供えをして、蝋燭に火を付け、柏手を打つと食事が始まる。お餅の入ったお雑煮とおせちをつまむ。 お餅は毎年大晦日にお米屋さんに搗いてもらったもので、鏡餅、丸餅、あん…
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父らしさ

 私の一家が住んでいた所から一番近い私鉄の駅は歩いて15分ほどのところにあった。小さな駅で、切符を売る窓口も一つ、改札口も一つだけだった。それは下りのホームのところにあって、上りホームにはその改札口を入って線路を渡らなければならなかった。当時は陸橋などなかったのでそこは踏切のようになっていた。私の家は上りの線路側にあったのだが、上りの電…
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授業参観

 私達の小学生の頃の授業参観は平日だった。だから、父は一度も来なかったと思う。参観日に学校へ行くのは母親の役目位に思っていたかもしれない。そう言う私も子供の授業参観に行った記憶がない。小学生の6年間に母はよく参観日に来てくれたと思うが、記憶があるのは4年生の時だけである。その時は成績がどんどん下がっていき、先生から母に友達を選んで遊ばせ…
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撮り鉄

 数年前、私の会社のある営業所長に赴任してきた人が鉄道マニアだった。このマニアにはいろいろジャンルがあるらしい。その人はSLを追っかけ写真を撮る、通称「撮り鉄」と言われている部類だそうだ。ほとんど車の移動でSLを追っかける、遠方になると、8時間も走ることがあるという。もちろん仕事の合間を縫ってのことだから、居眠り運転などの危険が伴う。同…
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遊び

 小学校に通う頃はよく遊んだ。勉強をした記憶がないほどだ。私は遊びの天才ではないかと自負していた。遊びはその土地土地でいろいろあると思う。私の地域では、一番人気はビー玉だった。季節的にはコマ回しや凧揚げなどもあるが、ビー玉は季節に関係なくよくやった。この遊びは男の子の遊びだった。そのゲームは2~3m四方の頂点にビー玉の落ちる穴を堀り、そ…
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同期会(5)

 Sさんは大変面倒見のいい人に思えるが、実はそうでもなかった。同期の一人がお金に困ったときに、お金を貸したり工面したりしなくても、相談に乗ってあげたりすることもできたはずだったが、一切なかった。やっぱりお金のことは別なのかなと思った。でも、それだけではなく、私のこととなると違っていた。  私は、この会社に入る前のアルバイト先で知り合っ…
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同期会(4)

 6人の組分けは、最初の組が若い人、次が井のさんの組、最後は私とSさん。すべてSさんの一言で、決まった。最初の若い人の組が勇ましく出発した。すぐに二人の影は小さくなって、山の中に吸い込まれていった。第2組が早く出発したいと、時計を見ながらうずうずしていたが、井のさんは残った3人にこの肝試しの仕掛けについて話し始めた。ルールの説明をしたと…
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同期会(3)

 その同期会の中の一人が山梨の出身だった。その人、井のさんの父の実家というのが山梨にあると言う。職場ではよく気の合う者同士の旅行などがあり、それは3、4人のグループが一般的だけど、私達の同期会は6人。団体としては少人数だけど集まれば騒がしい。そんな旅行を計画したのが、Sさんだった。山梨ならそれほど遠くなく、手頃な距離でもあったので、井の…
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同期会(2)

 なんとも相性のいい人っているもので、多分どこかで接点があったような、初対面であるはずだがすぐに打ち解ける、お互いそんな気持ちでいて気を遣わずにすむ。人生の中で数えるほどしかいないその一人が同期のSさんだった。入社してからすぐに新入社員の歓迎を兼ねて、レクレーションがあった。河原でのバーベキューだった。貸切のバスで秋川渓谷へ行った。今は…
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同期会(1)

 会社に同期に入った仲間が集まって同期会を作ることがよくある。私も入社したとき同期会を作った。新卒の人、私のように今で言うフリーターからの入社組、他の会社からの転職組といろいろだったが、私を含めて6人いた。だから、年齢も30台から18歳までいた。今から35年も前の話しだ。もちろん昭和の時代で、ちょうど昭和50年だったので、50(ゴーマル…
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宝くじ(3)

 母から「宝くじを買って」と3回頼まれたが、それからは頼まれなくなったことに何か意味があるのかなど考えもしなかった。毎年のように当選金額が高額になった頃で、宝くじを買うことが流行のようになっていた時代だった。だから、特別な意味はないと思っていた。  それから、そんなことがあったことも忘れて、何年も経ってからだった。お盆に休みが取れたの…
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宝くじ(2)

 どうせ買った宝くじは、どこの家庭でも同じだと思うが抽選の日まで神棚に置かれ、当選番号を新聞等で確認をすれば、すぐに紙屑となってしまう運命にある。買ったこと、神棚に置いたことさえ忘れてしまわれる宝くじもあるらしい。私は母に頼まれて買った宝くじに対しても、この中から高額が当たりますようにと祈ることもせず、淡々と母に宛てた手紙の中に入れて送…
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夜のいたずら心(広告塔)

 その日、日中はよく晴れていたが、夜になって蒸し暑くなった。例によって、友達を誘って天体観測に出かけることにした。このところ昼間はよく晴れているが、夜になると雲が多く、思うように星空を見ることができなかった。だから今日こそという期待があり、気分も少しハイになっていた。気象条件など最適で、いつもより少し早く友達を誘って、その広告塔にもいつ…
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広告塔

 最近はあまり見かけなくなったが、列車や車の窓から何気なく景色を眺めていると、田んぼや畑の中に大小さまざまな看板、広告塔をよく見かけた。私の家からもそう遠くないところに2m四方の角柱の広告塔が立っていた。この広告塔は幹線道路からよく見えるように立てられていて、車に乗っている人に対しての宣伝効果を狙っているものと思う。構造は至って簡単で、…
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光らない物体

 二つ目の事件は、私と一人の同級生がこの盆踊りの輪から離れて、盆踊りの音頭が遠くに聞こえる程度離れたところで、お互いに夏休みの宿題でまだできていないことや、夏休み中に会っていない友達のうわさなど、他愛のない話をしていたときに起こった。その場所は街灯がなく暗い場所で、なぜそこに行ったのか、なぜそこでなければならなかったか、今となっては分か…
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盆踊り

 私の夏休みは盆踊りで終わった。と言うのも、小中学生の頃、私の家の裏の広場で行われる盆踊りは毎年、8月31日に開催されるのが恒例だった。翌日の9月1日には否応なしに2学期が始まる。なので、この盆踊りの日は、また、夏休みの宿題を仕上げる最終日でもあった。  ただし、昼過ぎになると村の人が矢倉の材料を運び込み、少しずつ組み立てていく。その…
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散歩

 東京の渋谷の駅前、ハチ公口と反対側の宮益坂側、渋谷駅を降りるといつもこちら側に出て家路に付くことになる。というのは、何年も前の話。その頃の我が家で生まれた娘の年齢を考えると30年近く前のことになる。土曜日の午後にもなるとまっすぐ歩けないくらいの雑踏で、私にはまだ人の流れが見えていたが、背丈の低い妻や子供はどこを歩いているかわからなかっ…
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正確な記憶

 私は4人兄弟で、それぞれ年齢も高齢の域に達している。私は高校を卒業と同時に家を出た。上の姉ちゃん達も就職すると住む世界が違って、生活もすれ違いが多かった。兄弟で昔話を始めると、小学生の頃の話になる。一人が「あの時はこうだった」と言うと、もう一人が、真相はこうだと話す、すると、また一人が「そんな話は始めて聞いた、それ本当の話?」など、一…
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