もうすぐお彼岸

私は決して弟思いの兄ではなかった。年が5つ離れていた精で、一緒に遊ぶというより子守をさせられていると思っていたし、何かにつけ私の足手まといになっていた。
母は父のことを信仰心のない人と言っていたが、私から見ると母にも信仰心があるように見えなかった。お正月には神棚を綺麗にして、榊を立て、蝋燭を灯し、お供えをする父の姿を見て、信仰心のない人とは思えなかった。母は母自身が小さい頃から法事等でお寺にはよく行き、お坊さんの説教も聞いていたようで、お寺の話はときどきした。霊のことは信じてはいるようだが、怖がりで、なるべくその話には触れないようにしていたようだった。
そんな母がある時、近所の人に誘われて霊能者の人になにか悪霊に付かれていないかを、みてもらうという。近所の人の中には、悪霊を払ってもらったお陰で、健康になったという人もいるらしい。結果、母には特にこれといった悪霊は付いていなかったようだ。それからしばらく、母は考え込んでいるような様子をみせるようになった。私にはいつかそれが何なのか母から聞かされるだろうと楽観していた。深刻なものでないことだけは感じていた。
私が経験したアルバイトの中でも印象に残っているのが、測量のアシスタントのアルバイトだった。棒を持って指図された場所に立っているだけなので難しくはなかったが、平地ではなく山道だったのが少したいへんだった。航空写真で起こした地図をこうして実測し、正確に地図を仕上げていくと聞かされた。その測量の人は海外にも測量で何回も行ってきたと話してくれた。私は弁当を持って朝早くその人の宿に行き、一緒に車に乗って山道を登る。車で上がれるところまで行くとそこに車を置いて、道具をかついで歩いて登る。測量をしながらまた登る。日が陰るころまでには車のところに戻り、車でその人の宿まで一緒に帰る。これを繰り返す毎日が続いた。とある日、山から車のところまで降りてきた時、今日も1日仕事を終えたという充実感と疲れが二人共あった。あたりはもう薄暗くなってきていたこともあり、少し慌てていた。測量の機器を車に載せて、私は助手席に乗り、その人も運転席に乗り、エンジンをかけようとしたとき、「忘れ物がある」と言うなり、その人は車を降りて、山道を駆け上がった。その人が降りた瞬間、車は動き始め、だんだんと加速されて坂道を降りていく。助手席に乗っている私はどうしていいか全くわからない。後ろからは「おーい」という叫び声に近い声が聞こえてきた。道からはみ出て谷に落ちないように助手席から車のハンドルを握りしめた。そこまでは覚えているが、その後は記憶がない。カーブになった下る坂道で、もう少しで谷底へジャンプする手前の路肩で止まった。その人はもちろん追いかけてきて、助手席側のドアを開け、うつ伏せになっている私に「大丈夫か」と声をかけてくれた。その声に気がついて振り返ったとき、確かにもう一人いた。後ろの座席に確かにいた。幼い子だった。その測量の人はブレーキを私が掛けたと思っていて、「危なかったな、君がブレーキを掛けていなかったら、谷底に落ちているところだったよ。悪かったな。」と1回だけ謝った。すぐに運転席に乗り込んで帰路についた。アルバイトはその後も何日か続いたように思う。でも、測量の人が泊まっている宿から1日で往復できる範囲の測量が終わればアルバイトも終わった。アルバイトを終わるまであの時の忘れ物が何であったのか訊かなかった。本当のところは分からないが、何かの勘違いで最初から忘れ物などなかったと思う。その出来事は誰にも話さなかったし、すぐに忘れた。
母がその霊能者に会ってから数ヶ月が過ぎて、ようやくぽつりと話始めた。母がその人の話で一番衝撃を受けたのが、私と弟の間の子のことだそうで、一度生を受けたその子のことは、自分ひとりだけの胸の内に仕舞っていたものだった。多分、何らかの方法で供養してやった方がよい程度のことを言われたに違いないが、定かでない。私はその話を聞いた時、別に驚かなかった。薄々気が付いていた。ただ、その話を聞いたとき、完全に忘れていたあの時の、車の後ろの座席に座っていた幼い子の事が訳もなく思い出された。
だから、本当は、正確には、私は5人兄弟である。そのことをここできちんと書いておきたい。これでやっと弟のことが書けそうです。

【供花花束】季節のお花のお供え盛花仏花・仏事・法事・お悔やみ・お彼岸などに
信州自然館
※こちらの商品は生花につき、ご注文時必ず備考欄に配達希望日や時間帯のご指定をご記入くださいませ。※配


楽天市場 by 【供花花束】季節のお花のお供え盛花仏花・仏事・法事・お悔やみ・お彼岸などに の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



この記事へのコメント

この記事へのトラックバック