豆腐とおから

幼稚園にもまだ行かない幼い時、これが私の生まれて最初の記憶かもしれない。すなわち今から一番遠い記憶である。そんな遠い昔のことが、鮮明な映像になって思い出されるから不思議だ。私の家の裏庭から先に広場がありその先に道がある。母は夕食の支度をしている。私は近所の同じくらいの子と一緒に家の中で遊んでいる。向こうの道をゆっくり自転車が通る。自転車は荷台に木の箱を括り付けてあって、プーーという音とともにやって来た。母は私達にとうふ屋のおじさんを呼んで頂戴と頼んだ。私とその子は、声を合わせて自転車に乗っているおじさんに「お、じ、さ~ん、お、と~ふ~」と大きな声で叫んだ。おじさんは心得たもので、さっと自転車の向きを変えて、玄関の前へ止めた。母がボールを出すと、おじさんは箱の中からとうふを手ですくってボールの中へ入れた。
小学校4年生の担任の先生はユニークだった。男の若い先生で、たいてい教室にいて、職員室にはあまりいなかったように思う。日曜日にクラスでハイキングに行こうと言い出して、学校から遠くに見える三本松と呼ばれていた山の頂上にみんなで行った。先生は手品をしたり、ゲームをしてみんなと一緒になって遊んだ。ただ、教室でみんなにテストをさせている時に、教室の隅の先生の机で居眠りをしたことがあった。どこからそのことが漏れたか分からないが、授業中居眠りをする先生ということで、PTAにはよく思われていなかった。放課後、教室の掃除当番で掃除をしていると、丁度掃除が終わる頃に現れて、終わったらみんなでお菓子を食べようと言って、菓子袋を広げた。私はうさぎの飼育係をしていたので、放課後よく餌をやっていると、先生からそれが終わったら一緒にお菓子を食べよう教室へ来いと言われたりした。その先生の言いつけで、私はよく学校の裏門を出たところにある豆腐屋さんでおからをもらって、それをうさぎに食べさせていた。学校のすぐ裏で、風向きによっては、大豆のいい臭いがしてくるぐらい近かった。そこに行くとおじさんがいて、大きな木の樽に入ったおからをしわくちゃな手ですくって、私の差し出した洗面器に入れてくれた。
今から3年ほど前、母からその行商の豆腐屋さんの話を聞かされた。自転車で売りにくる豆腐屋さんの豆腐は本当に美味しかったと言う。今はその豆腐屋さんのあった場所には違う建物が立っていて、とうふを作っている様子はないらしい。母は朝早くから豆腐を作り、1日中行商で売り歩くその働き者の豆腐屋さんを気にかけていたようだ。そして、その時初めて、行商の豆腐屋さんが小学校の裏にある豆腐屋さんであることを知った。
豆腐屋さんがどんないきさつでなくなってしまったのか分からないが、又一つ私の記憶だけに止まることになった小さな豆腐屋さんのことは決して忘れまいと思う。


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